「路面電車と岐阜の街」「岐阜の街」惜別 新関〜美濃間新関〜美濃間 廃線の旅 6


 新関〜美濃間 廃線の旅 6  衝撃






   ついにその時が来た。
   私達から廃線の記憶が消えてゆくように、撤去工事は徐々に徐々に進行していた。
   しかし今年に入りあっという間にレール・枕木・砂利が撤去され、ついに「旧下有知駅」
   が跡形も無く消え去った。

   鉄道が消えた街はやはり寂しい。
   傍らを猛スピードですり抜ける車が、そう思わせる。



関駅付近
  新関駅へとカーブしていたレールも撤去された

下有知駅跡
  かつて下有知駅があった場所

旧神光寺駅
  ここに来ると在りし日の記憶がよみがえる

神光寺〜松森
  撮影ポイントの一つだった神光寺〜松森間

旧松森駅
  旧松森駅

旧美濃駅
  あの名曲のモデル? 旧美濃駅の改札口




   今回の撮影行で強く印象に残ったのは信号機の無い横断歩道を渡ろうにも
   止まる車も無く、やっとの事で渡る事が出来たお年寄りだ。
   高齢化社会が進む今、あの老人は明日の我が身だ。
   いつからこんな風になってしまったのだろうか。

   車は自分だけの空間を持つ大変便利な移動手段だ。
   最近では電車に乗った事が無い子供も多いと聞く。
   しかし電車というのは自分は自分の目的を持って乗っているのにもかかわらず、
   他人も乗り合わせているという不思議な空間だ。

   これが公共交通機関というものであり、「公共」を認識し「公共心」を形成
   するにあたって実は大変大きな役割を担っている。
   一時の我慢を何度も体験させる事がしつけとなり、やがては公共心へと結び付い
   てゆくのだ。

   欧米では「公共」という意識が非常に重んじられる。
   路面電車に対する再評価も進んでいる。
   日本では鉄道の衰退と共に公共心も衰退するのか。
   今こそ鉄道の再評価を教育面からも進めるべきと考える。

   さて、旧美濃駅については今のところ動きは無いようだ。
   廃線という状況のなかでみんなの思い出の場所であり鉄道文化財ともいえる「
   美濃駅」が残された事に対してもっともっと評価し、今後どのような形で維持・
   管理・運営していくべきかを考えたい。

   そしていつの日か・・・

   2000年 2月 6日  文責 minoden





    画像はすべて2000年 2月 撮影







新関〜美濃間 廃線の旅 6   Vol. 3 - 1      2005年 2月22日
初版 2000年 2月 6日
URL  http://www.minoden.com/sekibetsu-m/sm0002/sm0002.html