「路面電車と岐阜の街」「路面電車」(過去のページ)美濃町線の旅


「過去のページ」


このベージは、過去に製作したページを参考用にそのまま残したものです。

2005年(平成17年) 3月31日をもって名鉄岐阜線区の全路線(名鉄揖斐線、岐阜市内線、美濃町線、田神線)は廃止となりました。

以下のページ内容は廃止以前のものです。



 美濃町線の旅




新岐阜(名鉄岐阜)駅 7番線
 新岐阜(名鉄岐阜)駅 7番線 2004年11月 撮影



 沿線図


路線図(関〜新岐阜・徹明町)


新岐阜駅 800形電車 北一色〜野一色間
新岐阜駅
名古屋本線のホームから連絡
通路で各務原線のホームへ。
美濃町線は7番ホームから出
発。
800形電車
平成12年7月19日より運
行を開始した新型車両。
新岐阜〜関・新関間の直通
運転車両として活躍。
北一色〜野一色間
田神までは各務原線を走り、
市ノ坪を経て路面区間へ。
北一色を経て野一色の手
前で専用線に入る。
野一色駅 日野橋駅 上芥見駅
野一色駅
野一色駅は新岐阜行き列車
と徹明町行き列車の接続駅
下り線のホームはそのまま
道路へと続いている。
日野橋駅
徹明町から来た列車は
日野橋で折り返す。
ラッシュ帯には徹明町と
関間の直通列車もある。
上芥見駅
上芥見駅は非常に小さな駅
だが、この付近は開業時
の雰囲気がよく残っている。
津保川鉄橋 新関駅 関 駅
津保川鉄橋
津保川は長良川の支流。  
津保川の鉄橋近くでは鮎漁
も行なわれる。
新関駅
関は古くから刃物の街として
栄えてきた。
新関〜関間の開通に合わ
せて改装された。
関 駅
新関〜関間の開通により
美濃町線の新終点となる。
1999年4月1日開業
長良川鉄道の関駅と接続。





 美濃町線


 明治から大正にかけて全国各地で鉄道建設が盛んに行われました。
 当地岐阜でもかなり早い時期に電鉄会社が設立され、明治44年に「美濃電気軌道」が
 美濃町線と市内線の基礎路線を開通させました。

 美濃は和紙、関は刃物によって栄えた歴史のある町です。
 この2つの町と岐阜を結ぶ鉄道を、長良川に沿ったルートで建設する事は地元の念願でした。

 明治42年 ついに地元の有志が資金を集め「美濃電気軌道」を設立。
 明治44年2月11日 市内線と共に神田町〜上有知(美濃)間が開通しました。

 その後 美濃電気軌道は次々と路線の延長・開通を続け、岐北軽便鉄道と長良軽便鉄道を合併
 しました。

 昭和5年「美濃電」(美濃電気軌道の愛称)と旧「名古屋鉄道」が合併し、社名を「名岐鉄道」
 と改め、美濃電の名は消えました。
 そして昭和10年に 名岐鉄道と愛知電気鉄道が合併して「名古屋鉄道」が誕生し、現在の名鉄
 美濃町線となりました。

 昭和45年登場の600形によって架線電圧の異なる美濃町線と各務原線の直通運転が可能となり、
 各務原線の田神駅から市内区間の競輪場前電停間の路線を開通させて、新岐阜〜新関・美濃間の
 直通運転がスタートしました。

 また昭和55年の880形投入による運行ダイヤの改正では乗客数が増加に転じ、鉄道復権の好例
 として注目されました。

 明治時代、先見の明を持った地元有志の鉄道建設にかけた情熱は、停滞した現代を生きる私たちには
 眩しすぎるくらいに美しく思えます。
 ローカル線を走ると、地元のために尽くした先人たちのその息吹が伝わってきて胸が熱くなります。

 しかし近年ますます車の利用が盛んになり乗客数の減少が続きました。
 そしてついに平成11年3月31日 新関〜美濃間が88年の歴史に幕を閉じ、廃止されました。
 翌4月1日には長良川鉄道の関駅とホームタッチする名鉄関駅が開業し、新関〜関間が開通しました。

 2000年7月にはバリアフリーをコンセプトとした新型車両800形が登場しました。
 美濃町線もその姿を大きく変えようとしています。
 しかし、2002年には岐阜線区3路線廃止の意向が沿線自治体に伝えられています。


(これより追記)
 そして、平成17年3月31日をもって名鉄岐阜線区の全路線(名鉄揖斐線、岐阜市内線、
 美濃町線、田神線)は廃止となりました。

(ここまで追記 2005年 7月28日)








(過去のページ)美濃町線の旅   Vol.11      2017年 8月21日
前回 2005年 7月28日
初版 1998年 9月 3日
URL  https://www.minoden.com/mline/mline.html